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謡 陸葉
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社会人1年生
趣味:
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活字と舞台とスポーツ観戦が大好き。
コナンとワンピに愛を注ぐ。
4つ葉のクローバーに目がない。
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*この物語を書くにあたり、『十二時の権力者』様に一部台詞の引用をさせて頂いた事と、考える切欠を下さった事に対する心からの感謝を。

 

小学生×2




さよなら。
さよなら。
僕の、大好きな人。




*********************


季節は春先。
頬に当たる風が柔らかくなり段々と日差しも温かくなってきただろうかという頃合。
春休みに入ってすぐの、中途半端な三月中旬。
父さんの田舎。僕の、新しい町。

奥底に埋もれた古い記憶をたどりつつ、僕は一人で見慣れない町を歩いていた。
最後にここに来たのはいつだったろう。たしか幼稚園に上がってすぐの頃だったからもう5年も前になる父さんの生まれ育った町は都心から電車を乗り継いで二時間程のところにある海辺の小さな町で、開発から切り離されたような長閑な雰囲気を持っている。
小学校の脇を抜け、小さな神社の鳥居を横目に石段を下った先にその砂浜はある。
静かに流れるミニチュアの砂漠と、太陽を反射して穏やかに青く輝く海、彼方に見える水平線は胸の中に巣食うもやもやを一掃するには十二分に清々しい風を運ぶ。
僕は砂に足を取られないようしっかりと地面を踏みしめながら目的の場所に急いだ。
さして大きくもないこの砂浜の端の端、目下建設中の僕らの王国はそんな寂れた場所にある。

「おはよう」

蹲って砂を掻き分ける少年に声を掛けると、少年は驚いたように僕を見上げてから返事を返した。
とても嬉しそうな笑顔だった。

彼と出会ったのは3日前の事だ。
その日も僕は一人で歩いていた。
大分見慣れてきた砂浜に飽きて、ふとこの果てにあるものが気になった。
気になって、ずんずんざかざか歩いた先にその王国は存在した。いや、先にも言ったように建設中だった。
彼一人の手によって。
そもそもは僕が砂に足を取られたのが切欠。
倒れこんだ先が彼の王国の一部だったので、僕は修復作業を手伝おうと言い出さない訳には行かなかった。
それから、僕は建国者の一人になった。

彼の名前は知らない。
彼が自分の名前は嫌いだからと言いたがらないせいだ。
だから僕もまだ名乗っていない。それがフェアという奴だと思う。
僕が彼について知っている事は、彼がこの町の人間で、何故かこの場所で一人で砂のお城を作っているという事だけだ。
城だけではない。時々、彼はまるで城の完成を遅らせるように城下の町並みを表現する。
かと思えば急にペースを上げて城壁を築き、焦った様に時間がないと繰り返した。全く、訳が分からない。

僕と彼は気が合った。
なんとなくだけれど。僕は彼が好きだったし、彼も僕を好きだと言ってくれた。
僕達は互いに何も知らないまま、それでもとても仲の良い友達になった。もしかしたら、親友と言っても良かったかも知れない。

「だいぶ出来たな。もうすぐ完成?」

汚れる事など気にせず砂の上に腰を下ろしながら問うと、複雑そうな顔をした彼がそうだねと言う。
『完成する』という事実を持ち出すと、彼の顔はいつも曇った。僕がその理由を尋ねた事はない。
相手を気遣ったとか、そんなんじゃなくて、ただ聞くのが恐かったのだ。彼の口から恐ろしい事を聞かされそうで、恐かった。

「ねぇ、聞いてもいい?」

だから幾分か緊張した面持ちで彼が言葉を紡いだ時、僕は不自然に体を振るわせた。
とうとう来たか、そんな感じだ。

「もし君が誰かに出会ってその人と過ごす時間が凄く短かったなら、君はその出会いを後悔するのかな」

 

君は、別れの時を恐れる余りにその出会いを嘆くだろうか。

 

「・・・・・それ、何?」

思わず聞き返した僕に、彼は不安に歪んだ瞳を向けて小さく微笑んだ。
喉が急速に渇きを訴える。
これと同じ問いを、僕はそう遠くない過去に聞いた。
脳裏に甦る一場面。
忘れる事などないだろう。忘れられはしないだろう、その一節。
なぜならばそれが、僕が父さんから貰った最後の言葉だったのだから。

父さんは知っていたのかも知れない。自分の生命がもう長くないだろう事を。
父さんはここに帰って来る途中の電車の中で倒れてそれっきり、魂の抜け落ちた人形になった。
もう、喋らないし笑わない。ただの、肉の塊になった。
その日の朝、僕は突然に田舎へ行ってくると言って出て行った父さんを見送らなかった。
その時は、朝ごはんの目玉焼きに夢中だったから。
昨日の夜、父さんが言った奇妙な言葉の意味なんて考えなかった。
どうせまたただの思い付きだ。そう、思っていたんだ。

「母さんと約束したんだ。このお城が出来るまで待ってって。出来るだけでいいから、待ってって」

自嘲を含んだ呟きが、自分の考えに没頭していた僕の耳を掠めてはっとした。
彼は作業を再開した手を休めることなく静かに語る。城の完成が、目前に迫っていた。

「しょうがないんだ。仕事の都合だって言ってたから。でも、僕はここが好きだから。僕の居場所、今までここしかなかったから。僕が出て行ったらここに僕の場所はなくなっちゃうんじゃないかって恐かった。だから、僕はここに僕だけの国を作りに来た。僕の、僕だけの、王国。砂のお城」

「じゃあなんで手伝わせたりしたんだよ。そんなことしたら早く出来上がっちゃうじゃないか」

「うん。分かってた。分かってたけど、でも、僕はそれでも君と友達になりたかったんだ」




だから、ごめんね。君に悲しさだけしかあげられない僕を許して。



そんな言葉は聞きたくなかった。
皆僕から離れて行くんだ。
僕を置いて、どこかへ行ってしまうんだ。
父さん、世界には辛くて悲しい事が溢れている。僕は、僕は・・・

『お前は、別れを恐がって出会いを嘆くか?』

僕には、分からないよ父さん。
出会いと別れは表裏一体。出会いがあれば必ず別れがやってくる。
別れるのは辛い、悲しい、恐い。
それを嫌だと思っちゃいけないの? わからないんだ。

気付けば僕はさっき歩いたばかりの道を逆に辿っていた。
思いっきり走ったせいで息が上がって胸が苦しい。胸が、苦しい。

訝る家族を無視して僕はそのままの勢いで布団の中に潜り込んだ。何も考えたくなかった。
何かを考えれば必ず悪い方向へと思考は進んだ。僕はそれが嫌だった。
こんな思いはしたくなかった。僕だって、出会いを嘆きたくはなかった。
でも、それでも、別れがこんなに辛いなら出会ったことを不幸だと思わずにはいられなかった。
ごめんなさい。でも、僕は貴方達が嫌いになりそうです。

 

 

次の日、僕が玄関を潜った時には太陽はもう真上にまで昇っていた。
心は早く会って話したいと願うのに、体が言う事を聞いてくれなかった。
きっと僕の中の無意識が出す命令を優先させているのだ。主人に忠実なのかそうでないのか・・・。
そんな訳の分からない事をもんもんと考えながらいつもの倍の時間を掛けて僕らの王国へと歩く。
何と声を掛けようか。昨日の別れ方のせいで僕はひどく緊張していた。鼓動が辺りに響いているんじゃないかと思う程、僕の中で激しく脈打つ。
でも、それも直に止まった。最後に一際大きく一度だけ、僕の心臓は悲鳴を上げた。

 

砂の城、砂の町。

 

僕らの王国が柔らかな日差しの中、僕の目に眩しく焼き付いた。

咄嗟に僕の中に湧き上がった破壊衝動を、どうか責めないで欲しい。
完成した町並みを、城壁を、全て破壊し尽くしたら彼が戻って来るのではないかと、そんな馬鹿な事を考えた僕を許して欲しい。
綺麗に整った王国が、それ程僕には憎かった。
けれど実際に僕に出来た事はと言えば、情けなくその場に膝を付く事だけだった。
ズボンを砂まみれにしながら僕は呆然と視線を彷徨わせていた。
居る筈が無い事は分かっていた。それでもその時の僕は、まだ彼を探していた。

どれだけそうしていただろう。
僕はいつも彼が座っていた場所の砂に違和感を感じて立ち上がった。
正面にしゃがみ込んで目を凝らす。潮風に晒されたそれは、解読するのに相当の想像力が必要だった。
砂の上に、彼らしく控えめな文字で綴られた言葉。

 

『王さま、どうか僕を国民に』

 

僕達の王国は、僕の王国になった。
僕は一建国者から統治者へと名前を変え、たった一人の国民を抱える王様になった。
彼は僕にちっぽけな砂礫王国と、十分すぎる居場所をくれたのだ。

物語の終りには、いつも登場人物との別れが待っていて。
僕はその瞬間が一番嫌いだった。読んでいる間はとても楽しくて、早く早くと先を急ぐのに、残りのページが少なくなると字面を追う速さが明らかに遅くなった。
本を閉じた時、僅かな興奮と達成感、そして言いようのない空しさと寂しさが僕を包む。
それでも僕はその物語をまた最初から読み返す。またすぐに訪れる別れを知っていながら。
だって僕は、彼らが大好きだから。

僕が今、別れの悲しみに負けて出会いを嘆いてしまったら、僕は彼と過ごした楽しい時を、僕が彼の事を大切に思う気持ちさえも全て否定してしまう事になる。
そんなのは嫌だった。
泣きそうな程に胸にわだかまる悲しみや寂しさよりも、ずっとずっと嫌だった。
彼と出会った事で言える言葉があって、彼と出会った事で出来る事もあって、彼と出会った事で僕は今を生きているんだ。
彼との別れも、きっと同じ事なんだろう。

彼の書いた文字をゆっくりと指でなぞった。数時間前に彼がそうしたように。
彼は泣いていただろうか。多分、笑っていたんじゃないかと思う。
僕が見つける時のことを思って不安になりながらも、きっと彼は笑っていた。僕はそう思う。
だって僕は今、泣いてはいないから。視界はぼやけて何も見えはしないけど、泣いてなんかない。
彼もきっと同じだっただろう。同じように霞んだ瞳で目の前に広がる海を見詰め、その大きさに目を細めたに違いない。

 

父さん、世界には辛く悲しい事が溢れています。

 

それでも僕は瞼に涙を溜めたまま、頬を伝わせはしないでしょう。
顔を上げて、前だけを見て、絶対に泣いたりなんかしません。
だって僕の前には嫌になる位広くて綺麗な世界が広がっていて、僕が見るその風景の全てが大好きな人達との出会いがくれた奇跡だからです。

父さん、僕は思うのです。
今の僕がここにいることが出来るのはたくさんの人々が出会いと別れを繰り返し、悲しみと寂しさに耐えながらそれでもなお、出会いを渇望した結果なのだと。
僕は思うのです。僕達の出会いは、ずっと先の未来で確実に誰かの出会いに繋がるのだと。

 

父さん、世界には辛く悲しい事が溢れています。

 

それでも僕は瞼に涙を溜めたまま、前を向き続けるでしょう。
父さん、僕は別れの悲しみよりも出会わなかった苦しみの方が何倍も何倍も僕を狂わせる事を知りました。
だって、今の僕はこんなにも、出会えた事を誇りに思うのですから。

 

あなたに逢えてよかった。 

 

僕は、決して出会いを嘆いたりしません。
どんなに別れの時を恐れても、その先に新たな出会いがあるのなら。 

 

 

僕は、この道を歩いて行こうと思います。

 

 

 

 

2005年 9月
『12時の権力者』さま

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