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HN:
謡 陸葉
性別:
女性
職業:
社会人1年生
趣味:
読書・観劇・スポーツ観戦
自己紹介:
活字と舞台とスポーツ観戦が大好き。
コナンとワンピに愛を注ぐ。
4つ葉のクローバーに目がない。
寝たがり。
京都好き。
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文字書きさんに100のお題

配布元:Project SIGN[ef]F
http://plaza22.mbn.or.jp/~SignF/

 


解毒剤の完成と共に新一は居を移した。
事実上名探偵は姿を消したまま人影も疎らで閑静な別荘地で止まった時の中にいた。
極端に酷使された細胞の負担はすさまじく、病床を余儀なくされた一年が過ぎようやく出歩けるまでになり、削げ落ちた体力を取り戻す為の散歩が毎日義務付けられてしばらくたった頃。
いつものコースに組み込まれた小さな入り江で小休止をしていると、小さなビンが寄せては返す波に遊ばれるように転がり続けているのに気付いた。
柔らかな太陽の光がビンの動きに合わせて明暗を繰り返すのが波音しかしない景色の中にひどく映える。
冷たい海水とビンの硬さが拾い上げた指先に心地よかった。
ビンの中には一枚の紙が折り畳まれていた。
そういえば一時期文通相手を探す方法として流行った事があったかなと新一は苦笑する。
確かに夢があるように思われるが環境破壊にも繋がる行為に文通も何もあったもんじゃないと思う。
それでも興味を引かれて慎重に中から紙を取り出す。
何の飾り気もない真っ白な小さな紙には予想に反して名前も住所も何も書かれてはおらず、代わりに中央に一言だけ。

『好き』

見てはいけない物を見てしまったような気がして新一は眉を寄せる。
走り書きとは違う、少し格式ばったような緊張が伺える文字からこれを流した人の真剣さが思われた。
言うに言えない恋をしているのだろうか。
思わずこんな物に託して心を静めようとする程の、想いを抱えているのだろうか。
ふと、目頭が熱くなった気がした。
人に触れることを殊更に避けて来た時が長かったのかも知れない。
人を愛する激情も、愛される快楽も、どこかに置いて来て久しい。
それでも、と新一は己の胸の中を探る。
『白』から連想する姿は今も消えない。ずっと鮮やかなまま目を閉じればそこに在り、その度に心がざわつく。
それが恋とは言えなくても、確かに彼の中にも言葉に出来ない想いがあって、今目にしているこの単純な二文字がとても重く、愛しい物のように感じられた。
新一は手の中の紙をそっと壊れ物のように丁寧にポケットにしまい、海の彼方を見詰める。
どうかこの恋が幸せな結末を迎えますように。







引き出しの中の白い紙はもう立派に束と呼べるまでになった。
それは際限なく降りしきる雨のようにひたすら一定のリズムで愛を囁き続ける。
いつしか砂浜に座り込み、ビンを待つようになった己を新一は複雑な思いで見詰めていた。
誰かの、誰かに向けた愛の言葉を拾い集めて、そこにいったい何があるのか。
錯覚してしまいやしないだろうか。自分は、ダメになってしまわないだろうか。
最近ふと眠る前の緩慢な時の中で思うことがある。
潮の流れはある程度定まっている。
場所と時間さえ把握しておけば流れ着く先を指定できるのだ。
初めて手に取った時から手紙はあまり間を空けずに流れ着いていた。
もしかしたら・・・と、思ってしまう自分に苦笑する。
そんなことはありえない。
あってはいけない。
静養と言えば聞こえはいいが、今の自分は隠れているのだ。世間から。
組織は完全に消滅した訳ではなく、しかし彼らに対するには今の自分は余りにも非力。
気持ちだけを先走らせて、周りを巻き込む事は出来ない。
今の彼の住居を知っているのはコナンであった事を知っている者のみだ。
その中にこんなふざけた事をする人間はいない。
だから、これは決して新一に向けられた言葉ではないのだ。
ましてや、『彼』からでなど、ありえない。
『彼』はここを知らない。知っていたとしても『彼』が新一に紡ぐ言葉は愛ではないのだから。





いつもの様に誰もいない入り江でぼんやりと海を眺めていた。
手紙にはいつも一定の間隔があり、今日は流れ着く予定はない。
それでも青く反射する水面を見詰め、その潮の来る場所を想像する。
朝はどこから来る?あの空越えて雲越えて、光の国から来る?
あの人の想いはどこから来るの?あの海越えて、どの海越えて。
その時、キラリと波間に光る物があった。
新一は虚を突かれて立ち上がる。
後で主治医から小言を貰うだろうが、そんな事には構わずに衣服をしたたかに濡らす。
いつもと同じビン、しかし、紙は今までのような上質な物ではなくどこにでもある安物。
まるで溢れる衝動を抑えられずに目に付いた物に手を伸ばしたような。

『ごめん、会いたい』

指先が動揺で震えた。
『彼』が来る。咄嗟にそう思った。
だが、違う。これは違う。
新一に向けられた物ではないではないか。
そう、送り主は決心したのだ。何を犠牲にしても、あなたに会いたい。
その時胸に湧いたのは、安堵と激励と、焦燥。
この手紙は途切れてしまうのだろうか。
もうこの想いに夢を見る事も出来なくなるのだろうか。
本当はその方がいいのだ。それは分かっていた。
砂の山しかない地でただ一人、取り残されて足掻くだけ。
ひたすらに時を待つ。歩き出せる時を。
ただその時に、『彼』と共にあれたらと、少しだけ、思っていたんだ。
何故波は寄せては返すのに、いつも一方通行でしかないのだろう。
話がしたかった。自分を認めて欲しかった。





止め処なく流れる海が、砂まみれの服を掠めて行く。
足元で翻弄される細かな砂の流れを見詰めながら、別れを告げる手紙を胸に、薄く笑った。

 


2005年 1月

 

 

 

続編 『ひとでなしの恋』

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