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HN:
謡 陸葉
性別:
女性
職業:
社会人1年生
趣味:
読書・観劇・スポーツ観戦
自己紹介:
活字と舞台とスポーツ観戦が大好き。
コナンとワンピに愛を注ぐ。
4つ葉のクローバーに目がない。
寝たがり。
京都好き。
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文字書きさんに100のお題

配布元:Project SIGN[ef]F
http://plaza22.mbn.or.jp/~SignF/

『砂礫王国』 の続きです。

 


「工藤君」
濡れた服のまま砂浜に寝転がり、流れる雲を眺めていた新一の耳に呆れを含んだ主治医の声が聞こえた。
視線だけを向けて媚びる様に笑ってみるがあまり効果は無さそうだ。
仕方なく上体を起こして謝罪を口にするが彼女は逆に嫌そうに眉をしかめた。
「反省の見えない謝罪ほど性質の悪い物はないわね」
それに対し新一は乾いた笑いを返すに止める。ここで反論しようものなら更に手厳しい言葉を貰うに決まっているし、そもそも彼女の言い分は正しい。立ち上がって砂を掃う事をしないのがいい証拠。
右手に握りこんだままだった白い紙をさり気無くポケットに押し込みながら彼女の用事を聞こうと向き直る。
彼女は普段この入り江にはやって来ない。
それはここを新一殊更に気に入っているのを知っていたからだ。
元々一人の時間を大事に過ごす二人は極力相手の時を壊さないように生活していた。
彼女が入り江に来ないのと同じように新一も彼女の散歩コースには理由がない限り立ち入らないようにしている。
それが二人のあり方だった。
「どうかしたのか?」
「ちょっと町まで行って来るわ」
「これからか?」
「えぇ。だから一人だと平気で食事も忘れて読書に耽る誰かさんに釘を刺しておこうと思って」
「ははっ・・・宮野、それは?」
雲行きが怪しそうだと適当に泳がせた視線の先で彼女が手にしている物が静かに風に揺れた。
それは真っ白なマーガレットだった。
ついさっき摘んできましたといった雰囲気に新一は首を傾げる。
この近くにそんな花が咲く場所があっただろうか。
「あぁ、これは貰ったの」
「貰った?」
「さっき散歩してる時に会った人よ。
温室で花を育ててるんですって」
「へぇ。欲しいな、それ」
「それって・・・この花の事かしら」
「それ以外に何があるってんだよ」
新一の申し出が余程予想しえない事だったのか、志保は目を丸くしてしばらく彼を見詰めた。
その様子に新一が苦笑するのを見て取って彼女はようやく自分の耳が間違っていなかったことを知る。
「別にかまわないけど、どういう風の吹き回し?」
「意味なんてないさ。深い意味なんて、ないんだ。ただ、手に出来ればいいなって、思っただけだよ」
「何?」
「いや、なんでもない。行くんだろ?」
「えぇ。じゃあ後のことよろしくね」
「あぁ」
怪訝そうにしながらも新一に花を手渡して志保は家の方へ帰っていった。
その背中を完全に見えなくなるまで見送って、新一は手の中の花を見る。
マーガレット。
花言葉は『心に秘めた愛』
よく花占いに使われるかわいらしい白い花。
立ち上がって乾きかけのズボンの裾をまた濡らす。
ゆらゆらと揺れる波の向こうを見詰め、勢い良く右手を宙に投げ出した。
もう、いらないんだ。秘めた心の内は。もっと早くに、こうするべきだった。
胸の中で踊る白も一緒に波間に見送るように、新一は一心に遠ざかる花を見詰めていた。
あの花は、もう戻らない。
この想いももう、戻ることはない。




その日から、志保はよく花を持ち帰るようになった。
最近では花を育てているというその人が彼女が来るのを花を片手に待っているらしい。
彼女は誰が見ても十分魅力的な女性だ。
要するにそういうことなのだろうなと始めのうちは何の疑問も持たなかった。
そして生けられた花瓶の中から一本だけ抜き取って海に流すという行為を繰り返していたのだ。
だが、日を重ねるにつれ新一は一つの事に気付いた。
彼女が持ち帰る花の花言葉が全て同じであるという事だ。
花言葉というのは別に一つの花に一つだけという物ではない。
だから偶然かとも思ったがその花の種類は例え温室で育てていると言っても違い過ぎた。
作為的に選んでいるとしか思えない。
遠まわしな愛の告白だろうかとも考えたが、それにしては手が込みすぎている気がした。
仮にそうだとして、選ぶ花言葉はもっと直接的なものの方が適しているだろう。
『心に秘めた愛』なんかよりも、もっとこう『あなたを愛しています』とかなんとか。

そんな事を考えているうちにいつの間にか眠れなくなっている事が時々あった。
今日もそれで、新一は頭を冷やそうと隣室で眠っている志保を起こさぬようにベッドを抜け出した。

まだ夜が明けるまでに少し時間がある。
薄闇の中で見る砂浜はいつもよりも静寂が重く、それでいて空気は澄んでいた。
新一は水が掛からない場所に腰を下ろして静かに海を眺める。
昨日流した花の事を思いながら右手に視線を移すと、そこには白い紙の束が握られていた。
もうぱったりと来る事がなくなったあの手紙。
新一が花言葉のことを気にするのも、全てはこの手紙を後生大事に持っているからではないだろうか。
だから流してしまおうと、そう思った。
しかしいざ持ち出してみると中々手から離れてくれなかった。
そんな自分に困惑する。
途方にくれて再度海に視線を戻すと、波間に何か白い物が見えた気がした。
驚いて目を凝らす。
ゆっくりと近づいてくるそれは徐々に見覚えのある輪郭を取り始めた。
しばらく待ってから拾い上げるとそれは花だった。
昨日、新一がこの入り江から流したのと同じ花だった。


これはどういうことだろうか。
新一は少し考え、すぐに結論に達する。
この入り江には出口がないのだ。
外から流れてきた物は容易に入ることが出来るが、この入り江から流された物はまたここに戻ってくる。
しかし、だとしたらおかしい。
新一が自分が流した花を拾い上げたのはこれが始めてなのだ。
ならばあの花達はどこへ行ったのか。あの、想いは。
誰かが、新一以外の誰かが拾ったとしか考えられなかった。
そこまで思い当たってから新一は唇を自嘲の形に歪ませる。
何ということだろう。これはきっと罰なのだ。
曖昧で、でも大切だった想いを花に託して流した事も。
そもそも自分が彼にそんな思いを抱いた事も。
全てが、あってはならない事だったのだ。きっと。
流し続けても、今も尚その想いが消えていない事も。

「あ・・・・・・」
「え・・・?」

一人思考に沈んでいたからだろうか。
すぐ傍で驚いたような人の声がして、新一は初めて自分以外の誰かが入り江に入ってきたことを知った。
闇の中で目を凝らすとそれは自分と同い年くらいの青年だと分かった。
この近辺で自分達以外の人間を見たのはこれが初めてで新一は一歩後ずさる。
志保ならばまだしも、自分がここにいることは余り多くの人間に知られるべきではないのだ。
青年は新一が困っている事を気配で察したようだ。
少し焦った様に波間に視線を彷徨わせ、そのままキョロキョロと何かを探す。
そして新一の手の中にある花が目に入った時、青年は再度小さく声を上げた。
それを聞いて合点がいった。
ずっと花を拾っていたのは彼だったのだ。

「あの、それ・・・俺の花だ。・・・たぶん」
「あぁ、えっと、もしかしていつも花くれる人・・・かな」
「あぁ」
「悪い、これ流してたの俺なんだ」
「うん。知ってる。彼女はそんなことしないから」
「あ、悪い。気分悪いよな、自分が育てた花」
「別にいいさ。何か、特別な意味があったんだろ」

静かな声に驚いて思わず相手の顔を凝視する。
ひどく深い色をした目だと思った。

「ここ、流したもんは皆戻ってきちまうんだ」
「みたいだな」
「だから、想いは捨てられないぜ」
「・・・」
「俺も、失敗した」
「え・・・?」

青年は笑って新一が隠すように持っていた手紙の束を示す。

「これ、お前?」
「あぁ」
「悪い、俺」
「いや、いいんだ。あんたがそうして持っててくれて俺は嬉しい」
「そうなのか?」
「うん」


送り主が判明した途端、手の中の物が今までよりも重さを増した。
多分、これが夢幻や、ただのお遊びではなく、本当に心からの思いを託した物であると改めて実感したからだろう。
ならば、やはりこれは新一が持っているべき物ではない。

「これ、返した方がいいのか」
「好きにしてくれてかまわない」
「でも」
「じゃあ、持っててくれ。名探偵」
「・・・お前」

たった一言、それだけで相手の気配が良く知った物と重なった。
この時彼が何を思ってそれを悟らせたのか、新一には分からなかった。
でも、分かってしまった。分からされてしまった。
彼は、あの。

「何、してるんだお前」
「書いてあったろ。会いに来たんだ」
「宮野・・・?」

青年は無言で白み始めた水平線を見て笑う。
それはどこか苦しげにも見えた。
無言の、無言の・・・・肯定と、この場合新一には取る事しか出来なかった。

「名前、お前書いてなかったな。自分の分も相手の分も」
「書ける訳ないじゃん。どこで足が付くか分からない。俺も、お前らも」
「まーな」
「・・・わりぃ。わかってたんだけどな。会っちゃいけないって」
「・・・・・・」
「時間が、なかったんだ」

もうこれが最後だと、そう言って青年が明るく笑った。
顔を出した太陽の光が反射して眩しかった。

ぽんっと軽い音がして目の前に一本の花が差出される。

「さよならだ、名探偵」

押し付けられるように受け取ったその花は、キスツス。
花言葉は・・・『私は明日死ぬだろう』

「キッ・・・」

相手の名を呼ぼうとした声は最後までつむがれる事なく摘み取られる。
何が起きたのか咄嗟に判断できぬままゆっくりと離れていく熱を感じた。

「じゃあな」


にっと、いたずらっ子のような笑みをキレイに残して彼は背を向ける。


「ネリネ!ネリネの花が、お前の温室に咲いてたら、それを俺からお前に」
「・・・・元々俺のじゃん・・・」
「どうでもいいだろそんなこと!」
「・・・・・めちゃくちゃだな名探偵」
「うっせぇ。そしたら、そん時は、ちゃんと名前教えろ」


「・・・ありがたく、貰っとくよ」



振り向く事はなかったけれど、しっかりと響いた言葉は波音にも消える事はなかった。





何度も捨てたこの想いは、自分の知らないところで相手に戻り。
知らないうちに大きくなって。

そしてまた、動き出す。










『また会う日を、楽しみに』












2005年 2月

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