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HN:
謡 陸葉
性別:
女性
職業:
社会人1年生
趣味:
読書・観劇・スポーツ観戦
自己紹介:
活字と舞台とスポーツ観戦が大好き。
コナンとワンピに愛を注ぐ。
4つ葉のクローバーに目がない。
寝たがり。
京都好き。
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大学生×2

今まで見て来た世界が、とても大きく見えた日。
自分の小さな掌で、できることを考えた。
果てしない空と、広大な大地の間で。

僕はあの日、アトラスに会った。

***************************


風鈴がりんと鳴る。
隣を歩いていた日高が歩調を緩めるのに合わせて、俺はゆっくりと立ち止まった。
じっと、珍しそうに軒下を見つめる視線に苦笑する。


「そんなに風鈴が珍しいんか」
「いや、普通に街中で見かけたことが無いから、驚いたのはそっち」

なるほど。
言われてみればそうかも知れない。
改めて見上げると、風に揺れる音が妙に耳に響いて聞こえた。


「京都やからなぁ」
「そうだな」

見るからに学生の男が二人して民芸品店の店先に吊るされた風鈴を覗き込む様は傍から見るとずいぶんと滑稽に映っただろう。
別にそれに思い当たったからではないが、俺は日高を促して早々にその場を離れる。
日高は何も言わずに付いて来た。
唐突に町の音が耳に戻ったみたいだった。
聞こえる蝉の声は寒蝉。
8月が終わろうとしているのに、照りつける太陽の強さは衰えるどころかその偉大さを見せ付けるようだ。


「俺、京都は涼しいと思ってた」
「盆地なめたあかんで」

都会の強烈な照り返しに慣れているはずの男が情けなくぼやくのが可笑しくて、俺は意味もなく胸をそらした。
隣で日高が笑う。
高校時代の友達とは違う会話のペースにも、もうだいぶ慣れた。

日高は下宿生だ。
彼は東京から、俺は大阪から、春に京都の大学を受けて、晴れて大学生になった。
その実感を最初に味わったのは日高が俺よりも一つ年上だと知った時だ。
今までには有り得ない事だったので正直少し戸惑った。
それにももう慣れたけれども。

とにかく、京都は二人とも初心者だ。
夏休みを利用して先延ばしにされていた京都散策に出てはみたものの、結局はぶらぶらと目的もなく新京極を物色し、河原町を歩き回っているだけに過ぎなかった。
お互い賑やかな場所で騒ぐよりも静かに読書が性に合っているインドア派なだけにどうして己がこんなところに居るのかをそろそろと疑い出している。

それでも、京都の町が持つ独特の雰囲気がただの散歩を退屈にはさせない。
流石、京都は日本の心だなとか、訳の分からないことを考えて薄く笑った。


「一雨来るかな」

聞こえて来た日高の独り言に空を見上げると、西の方が確かに薄暗い。
夕立が来るのかも知れない。
空がゆっくりと黒い布で覆われて行くようだった。
そこでふと思い出したことを口にする。

「一休さんがな」
「とんちの?」
「ん、屁理屈の」
「とんちだろ」
「屁理屈やろ。でな、空を包める布を用意しろって言われてな、お安い御用です。だから空の大きさを教えて下さいって言うねん」

空の大きさってなんやろなぁ。

子供のような俺の呟きに、日高は円周率を唱えだす。
その態度にむっとして、俺は目に付いた古本屋の薄く開いたままの引き戸の隙間に滑り込んだ。
まとわりつくような埃っぽさに一瞬怯みながらも不機嫌なまま適当に店内を物色し始める。
よく地元で見かけるような古本屋とは違い、むしろ古書店と言ったほうがしっくり来る店だった。

追いついて来た日高が静かに戸を最後まで滑らせると、外界から切り離されたように店内を静寂が包み込む。
蝉の声も通りのざわめきも、何もかもが排除され、世界がひどくあやふやになった。
己の錯覚に流されないよう、目の前の本に手を伸ばす。
その重みと感触が妙に手に馴染み、俺はほっと息をついた。

「葉山 ?」
「そんな文系らしくない事言う奴は知らん」

字面を追うことなくただページを繰るだけの俺に、日高が笑いながらごめんと言う。
別に、引っ込みがつかなくなっているだけなので謝ってもらう必要などないのだけれど。


「空の大きさねぇ」
「別に、もうええって」
「人によって違うだろうな。多分、一人の中でも時と場合によって違うんだよ。気分次第ってこと。そういうもんだろ?」

なんでもないことのようにさらりと言ってのけた日高が、俺には見えないどこか遠くを見ているような気がした。
一年なんて、たいした差ではないと思うけれども。
こんな時には否応無しに感じる積重ねてきた物の差がある。

俺が見ている世界は、日々広がって行っていると思う。
しかし、日高が見ている世界はそれよりも広いのだろう。
日高に限らず、高校時代の友人一人をとっても、世界の広さなんてそれぞれに違うのだろう。
日高が言う空の大きさと同じように。
それでも、知りたいと思う。
空の大きさも、世界の広さも。


「文学少年やなぁ」

うっかり感心してしまいそうになったのを誤魔化そうとからかう口調でページをめくり続ける。
日高はそれきり何も言わずにふらりと別の棚の方へ行ってしまった。
その背中を追って見やった壁に、カレンダーが掛かっているのに気付く。
薄暗い店内で、そこに添えられたイラストが何故か目を引いた。




あぁ、アトラスだ。



天空を背負うあの男なら、空の大きさを知っているだろうか。
世界の広さも、知っているだろうか。
背負う物と、守る物の大きさを、彼は知っているのだろうか。


鈍く空気を揺らす雷鳴の気配がする。
数秒後にはバラバラと大量の雨粒がコンクリートを叩く音が店の扉越しにくぐもって聞こえて来た。
今外に出れば夕立独特の、あの雨と土の匂いがするだろう。
そんなことを考えていると、後ろでカラカラと扉が開く音がした。
雨の気配が濃厚になる。
振り返ると日高のくたびれたTシャツが扉を擦り抜けて行く所だった。
驚いて本を棚に戻し、後を追って外に出る。
途端、忘れていた熱気が全身を包み、こちらを見た日高に思いっきりしかめっ面をしたかも知れない。
適当に服の埃を払って誤魔化すと、日高はいつもと同じように喉の奥で笑った。


「雨やなぁ」
「そうだな」

軒下に立ったまま、日高が両手を高く突き出して雨粒を受け止める。
俺は、日高の掌から溢れ出した水が彼の腕に川を作り、流れて来るのをじっと眺めていた。
水が、Tシャツの袖を濡らす。
日高は気にせず腕を上げ続ける。
それはまるで、空を、支えているようで。




あぁ、アトラスだ。 



惹かれるように持ち上げた掌にあたる雨粒は、想像していたよりもずっと大きく、重く、力強かった。
また少し、世界が広がった気がした。


「日高、俺ら絶対不審者やで」
「俺らが何してたってこんな雨の中誰も気にしないよ」
「あぁ、そやな」

掲げた腕はそのままに、俺は日高を置いて通りへ飛び出す。
視界を遮るものが無くなった空は、俺には支えきれそうになかった。
空と大地の間で、俺は両手を上げる。
少しずつ、少しずつ。空も世界も広がって、俺は多分、大人になる。
一分一秒の過去の全てが今の俺になったように、この瞬間の世界が、いつかの俺の世界になる。



でも、俺は知りたいと思う。

一番広い空を、世界を、今、この瞬間に。



打ち付ける雨が目に入って、水の中にいるように両手がぼやけた。
俺は必死でその先にある空を覗き込む。

風が吹く度、雲がゆらりと揺れて見えた。






 

2005年 9月

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